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こんな国に生まれて…日本狼…純粋バカ一代…山崎友二

こんな国に生まれて…日本狼…純粋バカ一代…山崎友二

「釣り老人」

【1】
巡視中、車の中から川を眺めていたら、フェンスの内側に入って釣りをしている人が見えた。運転手さんに聞くと、去年から来ているのだそうだ。言っても聞かないよと言う。
「下へ降りてください」
「え、行くの?」
「行きます。注意してきます」
フェンスで仕切ってあるのだから、立ち入り禁止のはずだ。フェンスは一部が壊されている。そこから出入りしているようだ。
フェンスの中に入ってみると、釣りをしている老人だった。近隣住民らしい。
しかし、フェンスを壊して河川に入るなどということは許されない。
「ここでは釣りはできませんよ。フェンスの中に入らないでください」
老人は「へへ」と笑っている。
それでも、注意せねばならないだろう。
「危ないですから、外へ出てください」

【2】
老人は、いうことを聞かずににやにやするだけだった。仕方がないのでそこから立ち去った。
役所的に言うなら、何か起こっても、注意はしたという事実は残るというものだ。
翌日、人がいなかったので、フェンスの壊されていた部分を針金で修復した。これで入る気は失せるはずだと思っていた。
その翌日、老人が釣りをしている。フェンスの修復した場所をまた壊して入ったようだ。
運転手さんに「降りてください」と言った。
「え!行くの?」「はい、行きます」
車からおりて、老人に向かって言った。
「おい、ぼうず、この場所は魚がいないところだから、釣れねぇぞ」
なぜ、親よりも年上の人に『ぼうず』と言ったのか、自分でもわからなかった。
「わかってるよ。ほっといてくれよ」
と老人は言う。

【3】
ほっといてくれよと言われたが
「ほっとけないな。今日は午後から雨だぞ。その年で濡れたら風邪ひくぞ。今日だけは、いい加減ににて帰れよ」と言った。
その老人は、横を向き「わかったよ」と手を挙げていた。横顔が泣き顔に見えた。
車に戻ると、運転手さんが
「あのじいさん泣いてたね」
「やっぱり、そう見えました?でも、なんでないたんだろう」
「うれしかったんじゃない。あんたに声かけてもらって」
「声かけただけで、泣くほどうれしいものですかね。よっぽどさびしい人なんだな」
「さびしいから、釣れもしない場所でひとりで釣りをしてたんだろうね」
「ふ~ん」
翌日、おじいさんは来ていなかった。また、フェンスを修復して入れないようにした。

【4】
それから、釣り老人は見かけなくなった。フェンスの修復したところも見たが、もとのままだった。
来なくなったら、心配になった。運転手さんに
「あのおじいさんどうしたんでしょうね」と言った。
「なにかほかに楽しみができたんじゃないの」
「老人ホームでかわいいおばあちゃん見つけたりして」
「案外そういうことかもよ」
「それならそれでいいですけどね」
(終)


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